わたしの個人的な写真ではない。
思い出の写真は、ある日突然わたしの中で意味を成さなくなり、
26歳の時ほぼ捨ててしまった。
22歳の時に、あるギャラリストの方が、
こんな若いわたしとの出会いを記念だと言い、
一枚をプレゼントしてくれたのである。
なんという太っ腹だろう。写真に興味のある人であれば、
誰もが名前を知っている作家のプリントだ。
50枚くらいある箱から、「好きなものを選びなさい」と。
その方はギャラリストであるから、
あまりにゆっくり選ぶわたしに助け舟を出してくれようとしたのか
ふたたび「これにしなさい」と。
わたしはその助け舟には乗らず、
自分が気に入った一枚を両手で大事に抱え帰路についたのだ。
それから数年、その写真をおさめるのに
十分な存在感を持つフレームを探しているのだが、
焦ることはないと思いつつ、思い続けて数年、
そろそろその写真を生活の中で見ながら生きていっても許されるく
わたしも成長できたはずだ。
豪華で高級なフレームを探しているわけではない。
1枚を選び出した、
いいのだ。
どこかの古木を組み合わせてできたようなフレームも、
かもしれない。
そろそろいい出会いがあってもいい頃だと思うのだけれど。